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Friday Column

No.342

『来てよかった、モスクワ』

帰国後、予定通りのシワヨセ+新作プロモーションに追われ追われて追い越されちゃったんじゃないかというまま12月に入りましたが、皆さまはいかがおすぎとピーコック。

私は、はぁぁ、またもフラ毛に失敗です。そう、Perfumeの新アルバム【JPN】。先月あたまのシングル『スパイス』も、不意な打ち合わせが入ってフラ毛に失敗して発売日当日のゲットでした。同じくすでに9月の段階で予約していたアルバムですが、11月29日のフラ毛日は私は名古屋、翌日の発売日は札幌、というわけで、東京に帰ってきた12月1日、発売日翌日のゲットとなりました。発売前日の“フラ毛”に対して、“おくれ毛”ってとこでしょうか。そんなことはどうでもいいとして、いいですよ、アルバム【JPN】。『レーザービーム』→『GLITTER』のAlbum-mixなんて、マジヤバイっす。是非どうぞ。

さて、先々週の過去に例のない超やっつけ系の『かっこいい金曜コラム』につづき、ミンスクからのローマ字コラムと、この『金コラ』を楽しみにしている皆さまには、申し訳ない2週でしたが、今週は久しぶりにちゃんとまともに書きますので、お読みください。

というわけで、無事帰ってまいりました。11月19日(土)、ロシア・モスクワのЦентралъный Дом Художника(中央芸術家会館)で行われたイベント【J-FEST 2011】ФЕСТИВАЛЪ ЯПОНСКОЙ СОВРЕМЕННОЙ КУЛЪТУРЫ(現代日本文化フェスティバル)での単身弾き語りライブ、USTREAMでの生配信は問題なくお楽しみいただけましたでしょうか。今週はそのライブについて細かく書いていこうと思います。

アニメやマンガ、コスプレ・ゴスロリ・ビジュアル系といったいわゆるアキバ系のポップカルチャーは、フランス・ドイツを中心としたヨーロッパでは、もう10年くらい前からそのファンが増え続けていて、毎年多くの日本イベントが行われてきました。そのムーブメントがモスクワにも波及したのでしょう。2009年に始まったモスクワでの【JAPAN POP CULTURE FESTIVAL】。3年目の今年は【現代日本文化フェスティバル】として、大きな会場で2日間開催されました。

で、なぜそのフェスティバルに私が出演することになったかですが、私も具体的な経緯をちゃんとは把握していないんですが、私の予想だけで書いてみます。イベントのコンテンツプロデューサーである櫻井孝昌さんという方は、主に中国でこの類のイベントを催していて、ロシアが3年目。去年はAKB48が出演したこのイベントに今年はモーニング娘。に出演の依頼が来たのかどうか定かではありませんが、どうあれもともと持ち込まれた話は決まらず、そこで、その話を受けた私のスタッフの西口くんが、「中国・ロシアだったら、KANという別の意味で専門の者がいますけど・・」と言ってみたことから、櫻井さんと会うことになりました。そこで中国・ロシアの話で盛りあがり、「KANさんに来ていただけるのであれば、ライブの時間作りますよ!」「もちろん行くに決まってるじゃないですかぁ!」ということで決まったのです。

ま、日本にコスプレという語ができるずっと前から、そのような活動を普通に繰り返してきた私ですから、ある意味・逆に・ある反面、出るべきイベントであるのですし、しかもそれが今最も興味を持っている都市のひとつであるモスクワなわけですから、たいへんにノリノリなのは当然です。というわけで、行ってきました。

11月17日(木)JL441便でモスクワ入り、夕方ホテルに到着。今回のホテルは、重厚な威厳を放つスターリン建築のロシア外務省の斜め前にある【ザラトエ・カリツォー】英語名は『GOLDEN RING』。


これが外務省で
 

こっちがホテル

この日は特に予定もないので、ホテルのコンシェルジュさんに教えてもらったカジュアルなウクライナレストラン【カルチマ・タラス・ブリバ】へ。とりあえずロシアのビールをたのんでメニューを見ます。私のロシア語は、注文することはできますが、料理の内容を聞いて理解するにはまだまだ及ばず、ウェィターさんが注文を取りにくるたびに「待ってください」と繰り返し、そこに書かれた単語ひとつひとつをひたすら辞書で調べるのでそうとう時間がかかります。で、私は“豚のキエフ風”に決定。初モスクワのマネジャー・平川くんは、なんかわかんないけど“うさぎの煮込み”で勝負魂を見せます。“豚のキエフ風”とは、衣をつけて揚げた豚肉に、キノコのホワイトソースとチーズがかかってオーブンで焼かれたもの。おいしゅうございました。


豚のキエフ風

翌日は午後から、【スプートニック】というなんともソ連的な名前のホテルの『青空』という日本レストランで、他の出演者の皆さんやスタッフさん、在モスクワ日本大使館の方々などとの顔合わせ会。夕方会場に入ってサウンドチェックとリハーサル。しかしそこは日本での慣れたスタッフとのようにスムーズにはいきません。日露両語を話せる人はイベント全体でほんの数名しかいないようですから、その数名はイベントのいろんなとこから呼ばれて呼び戻されて、みたいで相当たいへんそうです。という感じだったので、私は私でお互い英単語を投げ合いながら、ロシア人スタッフのみなさんと、エレピやマイクをセッティングしてサウンドチェックを行いました。そんな状況の中、前衛的ギタリストの灰野敬二さんは、ホール内の複数のポイントで私の出音を確認し、イコライジングなどについて細かくアドヴァイスしてくれました。そんなありがたい助けもあり、なんとかリハーサル終了。

それにしてもこの会場、異常と言い切れるほどカラッカラに乾燥していて、ライブ前にここに何時間もいたりしたら、まともな歌など歌えるわけはないと思ったもんですから、エレピを提供してくれたYAMAHAモスクワ支社の方にお願いして、当日はYAMAHAのアーティストセンターというところで夕方まで練習させていただくことにしました。

で、この日はちょっと遅くなったこともあり、昨晩ホテルの近くに見つけた「ГРИЛЬ/グリル」と書かれたレストランに「よし、バシッと肉でも食っとくか」と入ってみたら、外観からの想像以上の高級店で、店員さんには英語をしゃべる人もいて、「KOBE BEEF」と書かれた牛のステーキについて聞いてみると、どかんとデッカイ肉の塊を見せつけられて「300gからカットします、おいしいですよ」なんてノリだったので、ちょっとひるんで、鶏挽肉のケバブにしました。平川くんは豚肉のケバブ。エラく多かったので完食できませんでしたが、それはそれでおいしゅうございました。


鶏挽肉のケバブ

さて、11月19日(土)ライブ当日、モスクワに着いてからずっ〜と小雨です。平川くんは準備のために早めにか以上に入り、私はひとりホテルからタクシーでYAMAHAのアーティストセンターに行きました。ロシア人男性・アンドレイさんは、土曜日だったので休日返上で出社してくれたのでしょう。「紅茶と日本茶、どちらがよろしいですか?」と丁寧な日本語で迎えてくれました。3つの部屋に計5台のグランドピアノがあり、「どちらでもお好きなピアノをお使いください」ってことで、いちばん広い部屋の真ん中のピアノで練習、というか喉を温めます。途中、ロシア語での曲間MCの練習にもつきあってくれて、発音の修正なんかもしていただきました。本番に臨む直前のたいへんに有意義な2時間半でした。


有意義2時間半

で、一旦ホテルに戻って、お迎えの車に乗って17:30に会場入り。Централъный Дом Художника(中央芸術家会館)は、映画・劇場の他にいくつもの多目的スペースがたくさんある建物。芸術家会館といいながらも、冷たくに角張ったデザインがロシア的でカッコイイです。赤いネオンの「РОСГОССТРАХ」とは会館名ではなく、大手保険会社の宣伝大看板だそうです。んんん、こういうのを見るとなぜか、ソ連時代のモスクワを見てみたかったなぁ、と思います。


中央芸術家会館

ライブをやるスペースは地下ですが、楽屋は5階。でもエレベーターは使用禁止。楽屋といっても大きな部屋がパーテイションで仕切られていて、コスプレ・ファッションショーに出るお嬢さん方も、私も、会場内の各所と連絡を取り合っている日本大使館の方も、みな同じ部屋にいるという、ある意味・逆に・ある反面、とても楽しい状況です。

ここで思ったのは、ロシアの女の子というと、たとえそれが20歳前後だとしても、やはり基本的にカラダが大きく、ドーンと構えている印象がありますが、ここはちょっとちがいます。この【現代日本文化フェスティバル】のファッションショーに出る女の子たちは、みな日本のギャルのファッションが大好きな女の子ばかりで、しかもそのなかからオーディションで勝ち残った子なわけですから、顔はロシア人なんだけど、表情・仕草が妙に日本のギャルっぽいのです。それはつまりどういうことかというと、「ズドラストヴィーチェ!ハラショー!スパシーバ!」な感じではなく、「えぇ〜、なになに〜、きゃっ、やだぁ〜」みたいな感じなのです。わかるかなぁ・・この感じ。ま、とにかくそんな部屋のど真ん中で、いよいよ本番10分前、あからさまに学生服に着替えている時、すでに「来てよかった」と実感していたのはまぎれもなく私です。

で、やっと本題です。モスクワ時間の18:15、日本時間の23:15、ほぼ予定通りに始まった私のライブの内容について書きたいと思います。

【演奏曲】
01. 愛は勝つ/02. まゆみ/03. 紅のうた/04. キリギリス
05. Baby Grand (Billy Joel)/06. よければ一緒に/07. 雪風

以下、各曲について、「かっこ」内はロシア語でのMC内容、その後、選曲意図などについて。

01. 愛は勝つ
「こんばんは、私はKANです、はじめまして。今日ここモスクワで演奏できることをたいへんにうれしく思います。最初の曲は“愛は勝つ”です。」

何年やっても弾き語りは緊張します。なので、出だしは比較的経験値の高いものから、というのはそこが日本だろうがモスクワだろうが同じです。

USTREAMを御覧いただいた皆さまは、曲後半でいきなりエレピの音が消えたのでビックリしたと思いますが、あれは機材トラブルでもなんでもなく、振動で鍵盤のところまでズレ下がってきた歌詞ファイルを左手で上げようとした時に、なんらかのボタンをタッチしてしまい、そこでエレピの音が消えたのです。
これまでいろんな機種のキーボードを弾いてきましたが、タッチミスで音色が切り替わることはありますが、音そのものが消えちゃうってのは始めてですね。ま、すぐに復帰しましたけど。演奏時に指が届く範囲に、音が消えてしまうボタンを配置するべきではないということを、今回たいへんお世話になったYAMAHAさんに、実演奏者としての改善すべき点を、たいへんにお世話になったからこそ遠慮せずにきちっと伝えるべきだと思ったんですが、よく考えたら、それは、製品開発部門に伝えるべきことですから、機会があればそうします。

さて、次のしゃべりが、このライブに置いて重要なポイントの、まずひとつ目です。

KAN 「私の話すロシア語はわかりますか?」
お客さん「ダー!(はい)」
KAN 「私は自分ではわかっていません」
お客さん「ワハハハハ」

という国際ジョーク。これが上手くいくか、ん??? となるかは、その後の流れに大きく影響することでしょうから、練習を重ねて集中しました。

実はこの国際ジョーク、なんと、あの三谷幸喜監督直伝のものなのです。

映画【ステキな金縛り】の公開初日舞台挨拶後のパーティの席で、監督に「今度、モスクワのイベントでライブやるんですよ」と話すと、「ロシアですか。ロシアはいいところですよね」。ここからの監督のお話を要約しますと、監督は外国に行ってスピーチする際、かならず同じジョークをその国の言語で言う、ことにしているそうで、それが先の国際ジョークなのです。アメリカでもドイツでもドカンとウケたそうですが、7〜8年前、ロシアのオムスクという都市の国際演劇フェスティバルでスピーチした時だけは違いました。

「私の話すロシア語はわかりますか?」
「ダー!(はい)」
「私は自分ではわかっていません」
すると、会場は爆笑でなはく、
「いやいや、だいじょぶですよ、だいじょぶ、ちゃんとわかりますよ」
というとても真面目で優しいリアクションがかえってきたそうです

「ですから、ロシア人ってすごくいい人たちなんだ、という印象ですね。」という三谷監督に、「ぼくも、その国際ジョーク、モスクワで試してみたいです」というと、「えぇ、KANさん、是非トライしてください」ということだったのです。

練習の甲斐もあり、またモスクワってこともあってか、国際ジョークは見事にウケ、ここでひとつハードルをクリアしました。で、次の曲へ。

02. まゆみ
「次の曲は、日本の一般的な女性の名前がタイトルになっています。“まゆみ”聴いてください」

これも『愛は勝つ』同様に経験値での選曲ですが、このイベントに集まるお客さんは日本のアニメやマンガを見たり読んだりしていると想定すると、少しばかりでもヒッカカリがあるかな、なんてこともあっての選曲でした。

03. 紅のうた
「次の曲は99年に作ったものです。このメロディは、私が98年に始めてモスクワの“赤の広場”に来た時に、そこで発想したものです。曲名は“紅のうた”です」

この話は、前ツアー【弾き語りばったり #13】でもお話ししましたが、“赤の広場”で発想したメロディをもとに、Billy Joelさんの『LENINGRAD』を目指して完成させたこの曲は、私がここモスクワでもっと演奏するべき曲のひとつなのです。間奏前のブロックで間奏明けの歌詞を歌ってしまったことを間奏中に気づき、でも仕方がないので間奏明けも間奏明けの歌詞を歌ったので、間奏明けの歌詞を間奏前と間奏明けの2回繰り返して歌う結果になりました。日本語を理解しないモスクワのお客さんにとっては問題ではありませんが、自分としては、歌詞ファイルを置いておきながら、そんな小ミスをするってのはダメです。曲中の頭の中がそうとう忙しかったんでしょうかね。

04. キリギリス
「私はチャイコフスキーの音楽が好きです。次の曲はその影響を浮けています。聴いてください“キリギリス”です」

ということで、これもまた私的にモスクワで演奏すべき曲のひとつです。アルバム【遥かなる〜〜】のブックレットにも明記していますが、Paul McCartneyさんとチャイコフスキーの影響が如実に出ているこの曲。日本では「どこがどのようにチャイコフスキーなの?」という方もいらっしゃると思いますが、ここモスクワのお客さんには、展開部のメロディはただ単に『白鳥の湖』のあのシーン、まんまだよね、と解釈されたことでしょう。それが良いか悪いかはわかりませんが。

05. Baby Grand (Billy Joel)
「次の曲は、私の大好きなアメリカのアーティスト、ビリー・ジョエルの作品です。彼は、まだソ連時代の87年に、モスクワとレニングラードでコンサートを開きました。私は、彼がその時に演奏した曲を歌いたいと思います。曲は“Baby Grand”です」

ここに集まってくれたお客さんの多くは若い方だったので、87年にBilly Joelさんの公演があったかなど知らなくて当然だとも思いますが、私にとってはBilly Joelさんのライブ盤【КОНЦЕРТ】こそが、ソ連・ロシアというものを意識するキッカケであったわけですから、そうしたかったのです。では、当時演奏された20数曲の中から、なぜ『Baby Grand』を選択したのか。もしかしたら『Honesty』や『Just A Way You Are』のほうが少しでもヒッカカリはあったかもしれませんが、ここでの私の演奏メニューの中での曲調の構成上、ジャズっぽいものを入れることによって音楽的な奥行きができれば、と考えての選曲・曲順でした。

06. よければ一緒に
ライブではお客さんに一緒に歌ってもらうことで成り立っているこの曲を、ここモスクワでやるというのはかなり無謀なチャレンジです。なんせ、長い曲ですし。日本語を理解すればまだ、その歌詞の流れ・展開がありますから、いや、それでも長い曲であることにはかわりありませんし、日本語をわからないモスクワのお客さんにとっては、その長さは倍以上に感じられることでしょう。そこで一緒に歌ってくださいっつったって、どうでしょう? と思うのが当然ですが、いや、しかし、なんかわかんないけど、一緒に歌ってくれたよ、ってことになれば、それはそれで相当楽しい出来事なわけですけど、ま、やっぱ無理かなぁ・・・。

“無理”だと思って実行しないよりは、やってみて“やっぱ無理だったよね、そりゃそうでしょ”と体験するほうが人生は楽しい、というのが私の基本的な考え方ですので、やることにしました。しかし、やっと今年になってロシア語を勉強し始めた私、そこまでのMCは先生に訳してもらった文章を、ただただ繰り返し練習して、でなんとかなりましたが、この『よければ一緒に』を一緒に歌ってください、ってのをロシア語でやるのは現状ではじぇんじぇん無理です。ということから、この曲の前の1パートのみ、どなたか通訳していただける方を、とお願いしていて、前日のリハーサル終わりに対面したのが、通訳のマリーナちゃん。うわっ、かわいい! しかも黒タイチュ。当日本番直前の着替え以前に、実は、前日のこの時点ですでに私は「来てよかった」と実感していたのです。

で、果たして『よければ一緒に』。マリーナちゃんのおかげもあって、なんかわかんないけど、みんな好意的に手拍子しながら「ららららららら」と歌ってくれました。メロがちょっと違うんだけど・・な感じもおもしろかったですし、そういう意味でも「来てよかった」と思える瞬間でした。

07. 雪風
「次は最後の曲です。この曲は日本の北海道の雪をイメージした歌です。タイトルは“雪風”です。」

11月19日のモスクワはすでに雪で真っ白だと予測していたんですが、まだでした。ま、でも、この曲は歌詞はわかんなくても、ピアノのフレーズで“雪”をイメージしてもらえるかな、ということもあっての選曲でした。

「また是非ここで演奏したいです。ありがとうございました。さようなら」

ということで、約40分のステージは終わりました。


ロシア語のMCノート

地下のライブ会場、ちゃんと数えていませんが、これまでの感覚では、椅子で200〜230席。最終的には後ろの階段で見てる人も多くいたそうなので、250くらいだったんじゃないか、ということです。いったいどんな空間になるのか、演奏してみない限りまったく予想できないまま臨みましたが、よぉく考えれば、基本的には日本が大好き、またはなんらかの形で日本に興味を持っていると思われるモスクワの皆さんが集まっているわけですから、名前も知らない中年学生服アーティストであろうが、興味を持って聴いてもらえたんだと思いますし、また、こっちはこっちでけっこう前からロシアが大好きなんですよ、ということも重要なことだったと思います。

そでにハケると、まず、私を呼んでくれたプロデューサーの櫻井さんが甚く感動してくれてましたし、いろんな関係者の皆さんに拍手で迎えられてテレました。そんな中、真っ白のドレスを着た小柄なロシア人のアイドルっぽい女の子が一緒に写真を撮ってくださいとやってきた時には、抱きしめたい衝動に駆られましたが必死で我慢しました。

5階の楽屋に戻る途中の階段でも、ファッションショーに出たと思われるお嬢さんたちにサインを求められたり写真を撮ったり。みな日本が大好きで「こんばんは」「サインをください」「写真をとってもいいですか?」「ありがとう」と日本語で話してきます。なので、私も「ダーダー、カニェーシナ/あぁ、もちろんさ」とロシア語で答えました。ホントは「抱きしめてもいいですかぁ」とロシア語でひとりひとりに言ってみたかったんですが、まだ「抱きしめる」という単語すら知らない私にはどうすることもできません。次に同じ機会があったとしたら、その時には思っていることをちゃんとロシア語で、それも耳元で伝えて、言ったことを実行したいと思います。

はい、というわけで、モスクワでのライブはこんな感じでした。私の人生に於いて、たいへんに重要で、なにしろ楽しい経験でした。御協力いただいた皆さま、ありがとうございました。

会場内やライブの写真が1枚もありません。そんな余裕もなかったです。ってことでごめんなチャイ(ロシア語でお茶)。
USTREAMでの生配信を観ていただけなかった、という方もたくさんいらっしゃると思います。そこで、字幕をつけて、日時を決めて再配信することを検討していますし、これから準備します。たぶんお正月になると思いますけど。決まり次第お知らせしますので、今後の情報に充分注意してください。

イベントは翌日も続きますので打ち上げはなく、ライブ終了後は、世界で最もわかりにくい地下鉄と言われるミェトロの乗り方を、あえて大雑把に平川くんにレクチャーしながら、トヴェルスカヤにある高いレストラン【カフェ・プーシキン】へ。「今日、シャンパーニュ飲まなくて、いつ飲むんですか!」ということで、ってゆうか、ほとんど毎日飲んではいますが、格別においしいはずのこの日です。このお店は店員さん全員英語を話すので、メニューの選択にはさほど時間もかからず。平川くんはビーフ・ストロガノフ、私はサーモンのグリルをぶりぶり食いながら、うまいうまいとシャンパーニュぶりぶり飲んで、シメにでっかいクレーム・ブリュレをぶりゅぶりゅとたいらげてやりました、ひゃっひゃっひゃっひゃ。そしたら、帰りのタクシーでいっぱいお金払わされたよっ、てへっ(涙)。モスクワはねぇ、そこが難しいんだよなぁ・・・。ま、いいんですけど。タクシーの料金交渉をスムーズにできるロシア語を身につけることも、次回のモスクワに向けての課題のひとつです。でもなぁ、こういう場合の問題は、語学力よりも“気”なんですよね。

翌20日は、初モスクワの平川くんをひとり残して、私はさっさと隣国ベラルーシの首都・ミンスクへ飛びました。ミンスクでの3日間は、来週、書けるかなぁ、いや、書きます。とうわけで、お疲れさまでした。

来週は新シングル『Listen to the Music』発売です。よろしくおね外務省。

2011/12/03



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