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Friday Column

No.328

『アゼルバイジャン旅行記 その3』

今週も引き続きアゼルバイジャン旅行記です。興味ある人とない人、まっぷたつなんだろうなぁ、なんて思いながらも、私はノリノリです。Photo Albumを見ながらおつきあいください。


6月14日(火)、アゼルバイジャンの首都・バクーでの3日目。午前中はコレクションである大学オフィシャルTシャツを買いに【バクーステイト大学】に行きました。目的のTシャツはありませんでしたが、いろんな国の大学めぐりはそれそれで楽しいものです。

タクシーで街中に戻り、城壁で囲まれた旧市街を観光します。まずは、2000年に世界遺産に登録された、バクーで最も有名な歴史的建造物のひとつ【Qiz Qalasi/キズ・カラス】、っつったって日本じゃ誰も知らないですよね。私だってここに来て初めて知りましたから。ガイドブックには『乙女の鐘楼』と載っているそれは、かつてこの土地を治めていたモンゴル人のハーン(王様)が、なんと自分の娘に言い寄り、嘆き悲しんだ娘はこの鐘楼からカスピ海に身を投げた、という伝説からついた名だそうです。高さ29.5m、上部は12世紀に造られ、下部は更に前の時代の建築物だそうです。外壁の修復工事中なのでしょうか、黄色い鉄柱で足場が組まれています(1)。

たしか200円位の入場料を払って中へ。人ひとり通れるくらいの狭い螺旋の石階段を昇ります。各階は歴史資料などが展示されていて、電気のない時代はそれが日中の照明だったのでしょうか、建物の中央には直径50cmくらいの穴が天井から下まで貫かれています。展示物には興味がわかなかったので「サラーム/こんんちは」と挨拶して各階をスルーしながらひたすら階段を上ります。屋上へ出ると「ぶへっ、っ、っ、」、白い砂埃が舞ってていきなりむせました。2人の男性作業員が男っぽい機械でガガガガガガガとなんらかの修復工事をしてました。東はカスピ海、北東方向には近代的なビルが建つ新市街(2)、西側はすぐ下の旧市街が見渡せます。遠くの丘の上に見える変わった形のビルは、炎をイメージしたデザインだそうです(3)。足場を組んだ修復部分の屋上ではテレビの取材かなんかをやってました(4)。はい、とりあえず上ったってことで良しとしてさっさと下りて、旧市街の中に入ります。

【Qiz Qalasi】側から旧市街に入ると、まずはおみやげ屋さんがずらっと数軒並んでます(5)。あるお店の御主人になんとなく声をかけられ、なんとなく店に入っちゃったもんですから、シルクのスカーフやら小さい絨毯やら次々に広げて勧められ、買う気などなかったんですが、まぁおみやげになんか買っとくかってことで、スカーフをふたつほど買いました。2つで4000円くらいだったでしょうか。それが高いのか安いのかわかりませんけど、まぁいいです(6)。

ただただ石畳と石の階段と石の建物がつづく迷路のような街に、ときどきお店があったり、レストランがあったり。もっと観光客で賑わってるのかと思ってましたが、人通りはあまりありませんでした。観光地でありながら普通に居住地でもあるようです(7、8、9、10)。小学生くらいの男の子が木の上に登り、その下で小さい袋を持った妹ちゃんが上を見上げていたので、「サラーム」と声をかけると、お兄ちゃんが下りてきて、もぎたての木イチゴみたいな小さい赤い実を私にくれました。食べてみると酸っぱくておいしかったです。「サグボル/ありがとう」と言うとニコニコしてました。写真を撮りたかったんですが、昨日の美人ガイド・レイラちゃんが、「アゼルバイジャンがソ連からの離脱し、学校でロシア語を教えなくなってから20年が経ちますから、子ども達はロシア語を知りません。」と言ってたのを思い出し、でもアゼルバイジャン語はわからないので、とりあえずロシア語で「あなたの写真を撮ってもいいですか?」と言ってみると、通じたのか通じてないのかはわかりませんが、男の子は「No,No」と言いながら、再び木に登りました。そんな感じで30分ほどふらつき、旧市街観光は終わりです。

さて、そろそろワールド・ダジャレ・フォト(WDF)でも撮ることにします。それはそれでそれなりにいろいろあったんですが、これに関してはコラムNo.321に詳しく書いてますので、そちらをお読みいただくとして、とりあえず作品だけ見ていただきます。『バクーでバクッ!』です(11)。

サンドイッチをバクついたものの、もうちょっとちゃんと食べたかったので、噴水公園(12)のまわりを歩いて、オシャレなオープンレストラン【Cafe City】に入ってみました。公園が見渡せる席に座ってアゼルバイジャンのビール【XIRDALAN】を飲みながら、ちゃんとカメラマンが撮った写真できちんとデザインされた大きなメニューを見ます。こんな街のど真ん中のオシャレなカフェでも英語が通じないってのは楽しいです。なんとか単語をぶつけて質問しながら料理の内容を探り、アゼルバイジャン料理であるらしい“KASADILYA/カサディーリャ”を注文しました。チキンのペーストが入ったパイ状の料理で、まわりに添えらた香辛料は思いのほか激辛でしたが、たいへんおいしゅうございました(13)。

大学Tシャツはなかったけど、ダジャレフォトは撮ったし、残る目的はCDとトランプです。昨日おとといと歩かなかった通りをふらふらしていたら、本屋さんを見つけたました。お店のおじさんに「カルタ、カルタ」と言いながらトランプのカードを切るジェスチャーをすると、「オー、カールタ!」とわかってくれたようです。しかしこの店にトランプはなく、おじさんは「キオスク」と言って向こうの方を指差しました。キオスクにトランプは売ってないでしょう、テレホンカードはいらないよ、と思いながらも、とりあえず示された方向にポツンとあったかわいいキオスクに行き、「カールタ」と言ってカードを切るジェスチャーをしてみると、あっさり、2種類のトランプがポンポンと出てきました。へぇぇ〜、キオスクにトランプ売ってるんですね。今後のためにもいい勉強になりました(14)。脇にATMがあったので現金をおろしました(15)。

トランプも買ったし、アゼルバイジャンのCDはもういいかなぁ、たまたまあったら買おう、くらいの気分になり、それよりカスピ海の水でも触っとこうと、再び海岸公園へ向かいます。写真を撮りながら路地を歩いていると、理容室の店先に椅子を出して座っているおじさんが、「キターイ? イッポーニェツ?(中国人? 日本人?)」とロシア語で声をかけてきました。「ヤー・イッポーニェツ(日本人です)」と言うと、あぁそうかい、という感じで手を振ってくれました。「モージナ・ウ・ヴァス・ファタグラフィーラバツ?(あなたの写真を撮っても良いですか?)」と言ってみると、手招きしてくれましたので、三脚を立てて一緒に写真を撮りました(16)。そのまま椅子に座って数分、しかしお互い話す言葉もなく、意味もなくアハハと笑い合った後、「サグボル/ありがとう」と握手をして別れました。名前を聞きましたが、書き留めなかったので忘れました。

あぁ、もうちょっと早くロシア語やってたらなぁ、と後悔します。これがナオト・インティライミくんやヨースケ@HOMEくんだったら、ここでギターじゃかじゃか弾いて歌うたって、そんなうちに近所の人が集まってきて、そんでもってアゼルバイジャンの歌とか教えてもらって、流れでそこん家に泊めてもらったりして、次の日ハグして帰ってくるんだろうなぁ。オレはそのへんが弱いんだよなぁ。せっかくいろんなとこ旅してるのに、それが私のウィークポイント。ま、私の場合、ウィークポイントっつったら軽く百はありますから、でもそれを克服しようって気がまったくないところも逆に私のチャームポイントだとカンチガイしてますから、それで良いのです。

というわけで15:00、海岸公園にやってきました。カスピ海沿いに美しく整備された約2.5kmの細長い公園は、木が茂って芝生があってベンチがあってときどき売店があって、海っぺりはすべて石で舗装されていました(17、18)。ここバクーはカスピ海の西岸にありますから、この海の遠く東の向こう岸はトルクメニスタンってことです(19)。さ、いいかげん疲れましたし、一旦ホテルに戻って休憩します。

ってことで、帰りは今度こそ市バスに挑戦。20番のバスがホテルの前を通るのをおぼえていたので、【Qiz Qalasi】の脇のバス停で20番を待ちます(20)。すると、ヒゲをたくわえたおじさんが寄って来てなにやら話しかけてきますが、何を言ってるのかさっぱりわかりません。おじさんはバスが来るたびにお客さんに行き先を聞いては乗るバスを指示しているので、どうやら“バス仕切人”のようです。そんな時に20番のバスがやってきたので、おじさんに「CROWN HOTEL?」と言ってみると、バスの運転手さんに何か話しています。運転手さんが大きな声で私に質問を投げかけてきたので、とりあえず乗って地図を広げて、「Neftchi Gurban、CRWON HOTEL」と通りの名前とホテル名を言うと、運転手さんは私の地図をとって、「あれ、これどっち向きだ?」って感じで横にしたり逆さにしたり。まわりの乗客も、んんんって感じで地図を覗き込みます。あぁ、そう言えば、イスラム圏の人は日本人のように地図の感覚がない、なんて話を前にどこかで聞いたことがあるようなことを思い出しました。だってバスの運転手さんが街中の地図の向きをわかんないってのもねぇ。他のお客さんがなにやら運転手さんに話します。すると「おぉ、CROWN HOTEL! da, da,OK!」とわかってくれたようで、やっと扉を閉めて発車しました。イメージどおりの道を5分ほど走って、そろそろホテルが近づいてきたら、運転手さんが「CROWN HOTEL!」とホテルの方向を指差し、私が「Da(はい)」と言うと、バス停はないホテルの真ん前でバスを停めてくれたので、「サグボル!」と言って降りました。ほんの5分ですが、こうゆうの楽しいのです。

部屋に戻って、言葉のわからないテレビを見ながらぼ〜っと休憩し、再びバクー最後の晩飯に出かけます。

今夜もいかにもアゼルバイジャン的な雰囲気を期待して、ガイドブックに載っているレストラン【Mugham】へ。さっきのバス停あたりでタクシーを降りて、地図を見ながら城壁内に入りましたが、それらしきレストランが見つかりません。と、そこに、昼間シルクのスカーフを買ったお店のおじさんが「どうも」って感じでやってきました。「Mugham Restaurant」と言ってみると、「あぁ、こっちですよ」という感じで、わかりにくい入口を入って狭い階段を下りて、レストランまで案内してくれました。いい人です。「サグボル」と握手をして別れました。

中に入ると、昨晩と同じ趣の石造りの商隊宿レストランですが、ここは、開閉式のガラスの天井があり、雨が降ってもだいじょうぶなつくりになっていて、英語も通じます(21、22)。例によってアゼルバイジャンのビールを飲みながらメニューをにらみ、やっぱイスラム圏に来たらケバブでしょう、ってことで“Beef Kebab/ビーフ・ケバブ”を注文。赤ワインをたのんで料理を待っていると、おっ、踊り子さんらしきお嬢さんがふたり入ってきました。中途半端な音量で音楽が鳴ってふたりは踊り始めますが、どうやらこれは本番のショーではなく、新人さんに振り付けを指導する、練習みたいです。営業中にリハかよ、と思いましたが、ふたりとも美人だったので良しとしました。こういう場合、必ず教えられてるコのほうがカワイイのは世界共通です(23)。そんなうちに給された“ビーフ・ケバブ”をチビチビつまみながらワインをチビチビ飲みました。ケバブとは、下味をつけた肉を金属の串に刺して炭火でぶりぶり直火焼きする、いかにも騎馬民族的な料理が、レストランでは串から外してお皿に盛られることが多いです(24)。デザートにアゼルバイジャン特有のものをたずねると、店員さんは「Paxlama/パフラマ」と言ったのでそれにしました。固いスポンジケーキにラム酒をしみ込ませた、フランスで言う“Savaran/サヴァラン”、イタリアで言う“Zuppa Inglese/ズッパ・イングレーゼ”的なそれは、くるみの粒が印象的な素朴な味わいでたいへんおいしゅうございました(25)。

6月15日(水)、朝焼けのカスピ海に手を振って(26)、空港へ向かいます。

はい、というわけで、特になにをしたわけでもないけどなんやかんやいろいろあったアゼルバイジャンの首都・バクーでの3日間はこれでおしまい。来週からは、グルジアの首都・トビリシです。

さて、私とジョン・Bくん、菅原龍平くん、ヨースケ@HOMEくん(年齢順)による微妙なアコースティックバンド【Cabrells】、初のツアーのチケットは現在発売中です。皆それぞれ自身の活動がありながらも、相当マジで取り組んでいます。それこそこれも興味のある人とない人、まっぷたつなんだろうなぁ、と思いながらも、私はノリノリです。御期待ください。

2011/08/26



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