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Friday Column

No.163

『梅雨の晴れ間のカフェ野郎』

さて、ツアーも帯広までの6公演が終わりとりあえず一休み。東京は梅雨の晴れ間の6月24日(火)午後です。今回はカッコつけて家の近所のカフェでカンパリソーダなんか飲みながらをこれ書いてます。カフェでカンパリソーダに高級ノート型コンピューターなんて、こりゃちょっとしたニューヨーカーです。まぁ行ったことぁないんでなんとも言えませんが。とにかくそんな感じで書き始めたはいいが、やはり今週も特にこれといって書くことないもんですから、まぁカフェの話でも書きますか。

私のカフェ歴はそうたいしたもんではありませんが、最初は82年ごろ、大学2年生ですがピアノ買うために昼も夜もバイトしてた時代。原宿の表参道からちょっと入ったところにあった『STARDUST』というお店、もうありませんけど。バイトの休憩時間にすぐ近くの『Café de Ropé/カフェ・ド・ロペ』というオープンカフェによく行ってました。かっこいい外国人やモデルさんっぽい人たちがいつもいて、その中にとけ込むことで自分自身が福岡出身者であることを一生懸命打ち消そうとしていたような、そんないたいけな上京2年目のハタチそこそこでした。

95年に出した『東京に来い』って曲の歌詞に書いてるのがこの店です。ここのカフェオレがおいしくてね、エスプレッソマシンのスチーマーでシュァ〜〜〜ッと熱して泡立てたミルクにエスプレッソをちょろっとたらす、これが妙に気に入ってました。その2年後には銀座のレストランでアルバイトをするんですが、そのレストランが服飾メーカー【JUN】の経営で、偶然『カフェ・ド・ロペ』も同経営下の店だったもんで、店長さんとも知り合いになってその後の数年間はなにかにつけて『カフェ・ド・ロペ』でした。この頃には『原宿キディランド』を挟んで『VIVRE』というビルにもオープンカフェができてましたね。

しかし、皆さんご存じないかもしれませんが、80年代の後半、ウルトラたぶん東京都の条例で、屋根と壁のない場所での飲食業が許可されなくなり、都内でも稀少なオープンカフェだった『カフェ・ド・ロペ』も、それまでの可動式の透明ビニールシートから鉄柱ガラス張りに改装されました。それからの数年間は東京はオープンカフェのない時代でした。90年代の半ば頃にその条例はなくなり再び街にオープンカフェが増え始めました。

しかしアレですね、日本は湿度が高いですから、オープンカフェを心地よく楽しめる時期はほんと短くてつまんないですね。そういう意味では乾燥した気候のパリは年がら年中カフェシーズンです。

パリは街中のいたるところにカフェがあり、7時頃から夜は12時くらいまで開いてます。通りに並ぶテーブルでは恋人たちが愛を語り、老紳士が本を読み、犬を連れたマダムがおしゃべりをします。中の立ち飲みカウンターでは近所のおじちゃんたちがビールを飲みながら赤ら顔でバカ話をしています。冬は大きなストーブが焚かれ、夏の暑い日にははテントの骨組みからシャ〜ッとミストが吹き出すカフェもあります。パリに暮らす人々にとってはカフェは日常生活になくてはならない場所で、私も東京じゃ喫茶店に行くことなんて滅多にありませんでしたが、パリで2年ほど暮らしたころには、気がつきゃなにかにつけていちいちカフェ野郎になっちゃってました。

なかでも、通っていた音楽学校“Ecole Normal du Musique de Paris”でのピアノのレッスンが終わった後に、すぐ近くにあるドビュッシーが住んでいた家の前の小さいカフェのカウンターで、「あぁ〜、今日もダメだったぁ」とパナシェを立ち飲みするのが特に好きでした。“パナシェ”ってのも懐かしい響きでしょう。“パナシェ”とはビールをキリンレモンなどのサイダーで割る極めてギャルっぽいドリンクのひとつで、カクテルブームの80年代前半にはそんなもん飲んでるやつは徹底的にバカにしてたものですが、パリのカフェでパナシェ飲んでるおじちゃんたちが結構多いのに気づき、んじゃオレもと久しぶりに飲んでみると、これが妙にちょうどよかったもんですからよく飲んでました。綴り的には【panaché】で最後の「e」にアクサンテギューが付きますから、発音は“パナシェ”なはずなんですが、パリのカフェではみな“パナッシュ”と言っているよう聞こえたので私もそう発音するようにしました。さらに注文時に“白”という意味の“blanche/ブロンシュ”という単語を付け加えると、サイダーの割合が多くビール薄めのパナッシュが出てきます。

そんなわけで、帰国後も天気が良くて時間がある日にはなにかとカフェ野郎な私です。90年代までの歌詞は自宅でよなよな酒飲みながら書いたものがほとんどですが、帰国後の作品は、『カレーライス』も『世界でいちばんなんたらかんたら』も『IDEA』も『16歳の恋なんて』も『Twenty !×3』もすべてカフェで歌詞を書きました。酒の量が減った分、作品数も減ったということです。つまりはもっともっと飲まんといかん、という結論に達してしまいました。

まぁいろんなことがありながらこのへんで、パリのカフェでパナッシュを立ち飲みしてるアンニュイな写真の一枚でもあるとこのコラムも終わりやすいんですが、そんなもん撮っちゃいませんから、だからどうしましょうか。・・・そうだ、ベトナムにもカフェはありますよ。フランス統治時代の名残でしょう、ハノイやホーチミンの街角ではフランスパンが当たり前に露店に並び、歩道に椅子やテーブルを出したカフェが多くあります。そんなベトナムのカフェ特有の飲み物が“カフェ・スア・ダー”。ゆっくり煮出したベトナム式コーヒーを氷で冷やし、そこにコンデンスミルクがたっぷり入った、濃くて苦くてぶりぶりに甘ぁ〜い飲み物ですが、これがね、歩き疲れた昼下がりなんかにはなかなかいいんです。ってことで写真一枚貼り付けて、今回はこのへんでお開きです。


ハノイ・レヴァンフー通りのカフェにて

さぁ、これがアップされる金曜日にはもう仙台公演が終わってます。観にきていただいた皆さま、ありがとうございました。そしてその頃の私は仙台から次なる公演地・新潟までレンタカーをぶっ飛ばしているところだと思います。飛行機の直行便ないですし、移動日一日ありますから一旦東京に戻るってものありなんですが、来週のコラムネタのためにこの1日を有効に過ごすのです。それにですね、地図を見てみると仙台から新幹線で東京に戻って、また新幹線に乗って新潟に行くってのが、それはそれはバカバカしく思えますから。そう、だから私は仙台でレンタカーを借りて、自らの運転で新潟に入り、レンタカーをかっこよく乗り捨てるのです。そして道中、ある街に立ち寄り、その街の名がついたアレを初めて当地で食べるのです。なので来週はそんな話を写真とともに。それでは新潟・名古屋のみなさん、お会いできるのを楽しみにしています。

2008/06/27



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