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Friday Column

No.101

『29年目の返還 〜さよなら52番街〜』



御存知、勝手に我が師ビリー・ジョエルさんの1978年の名盤『52nd Street』、私がビリー・ジョエルさんの音楽に初めて触れたアルバムです。コラムNo.081と若干重複しますがあらためて書きますと、1978年、高校1年のある放課後、同じ水泳部の野村智二郎が持っていたレコードを「それなんや?」と聞くと「ビリー・ジョエル、いいばい」と言うので「貸せ」ってことでもぎとり家に帰って聴きました。“レコードは消耗品”と教えてられいた私は、まずカセットテープに録音し、それを枕元のカセットテレコで小さい音でかけながら寝るというのが習慣でしたが、1曲目の「Big Shot」のそれまで聴いていたビートルズにはないハードなピアノロックはとても寝れるものではないスゴイ衝撃でした。早速“耳コピ”を開始。「Big Shot」「Honesty」「My Life」とビートルズにはなかった複雑なコード、フレーズを連日必死でコピーしピアノで弾きましたが、4曲目の「Zanzibar」のジャジーなコード展開についに力尽き、福岡・天神のヤマハに行ってしぶしぶ楽譜を買ったのをよく覚えています。その後、幼なじみ河合宏樹の家で前作『Stranger』を聴き、カセットにダビング。80年に発表されたアルバム『Glass House』が私が初めて自分で買ったビリー・ジョエル作品です。卒業後上京直前、これまた同級生でドラムを叩いていた伊佐から“餞別がわり”にとアルバム『Turnstiles』のカセットをもらい、そして81年の上京直後、日本武道館で観たビリー・ジョエルのコンサートが私の音楽家への決意を確固たるものとさせました。それ以降、ビリー・ジョエルのアルバムは全聴き、ビリー・ジョエルのすべての楽曲は“正しいもの”として吸収され、すべてのアルバムは私の教科書となります。そんな最初のキッカケとなったのが野村から借りたこのアルバム『52nd Street』(邦題:ニューヨーク52番街)だったというわけです。

同学年の水泳部員は私と野村と吉田と宮本と大木の5人。上の3年生が卒業するにあたり次期部長は誰か、という話になります。私は“夏、涼しいから”というだけの理由の、あくまで“冷し中華”的な水泳部員だったのに対し、野村はたいへんにまじめなヤツで、野村が部長なんかになっちゃったりしたら練習がめちゃくちゃキツくなることが目に見えていました。私と吉田と宮本は影でコソコソ話し合います。「野村だけは部長にしたらいかん」「でもオレは部長はいやばい」「オレもいや」「おれもじぇったいイヤ」・・・ってことは、いちばんあたりさわりないところで「大木を部長にしよう」ということに決定し、後輩連中にも「大木に投票しろよ」という圧力をかけて部長選挙を実施、予定通りに大木が次期部長に決定しました。ね、いい話でしょう。

高校卒業後、野村はどこかの医学部に進学し、数年後の同窓会で会ったのを最後に、その後は麻酔科のお医者さんになったとかアメリカに行ったとか、特に連絡をとることはなく私はこのレコードを借りたまま音楽家として生活し、時に雑誌のインタビューなどでこのアルバムのことを語り、いまだ借りっぱなしということはこの『金曜コラム』にも書いたりしていました。

そして2007年3月、中学2年生になる野村の息子・俊郎くん(米LA生まれ/特技は“能”)がインターネットでなんとなくお父さんの名前「野村智二郎」で検索をかけたら何が出てくるかと遊んでいたところ、私のこのオフィシャルサイトの金曜コラムの記述を発見しお父さんに報告、それを読んだ野村は「ないないと思っていたら、KANが持ってたか」ってことでまわりまわって私にメールが届きました。「バレちゃしょうがねぇ」ということで、私は29年にわたり借り続けていたこのアルバム『52nd Street』を野村に返還することを決意したのです。

最後にもう一度このレコードを聴こうと思いましたが、もう家にはプレーヤーがなく、ならばと札幌に持って行き、先週4月14日のSTVラジオ『KANのロックボンソワ』でアルバム「52nd Street」を緊急特集。このレコード盤の音をオンエアーしました。思えばカセットテープに録音して聴いていたこともあり、またCDが発売された後はCDばかりを聴いてたもんですから、レコード盤の保存状態は思いのほか良く、アナログ盤ならではの分厚い音を懐かしみました。


ラスト・リスニングは札幌STVの第3スタジオ

そして4月17日(火)、このキッカケを作ってくれた俊郎くん・奥様・お嬢さまの家族4人をアクロス福岡円形ホールのライブに招待し、終演後の後片付けがすすむ会場で【29年目の返還式】を行いました。


29年目の返還式

ありがとう、野村智二郎。私の音楽家としての人生を方向づけた重要な1枚でした。もし、このアルバムに出会ってなかったら今の私はたぶん弁護士かパイロット、いやフィギュアスケーターだったかもしれません。そして、あのとき野村を部長にしなかったことは正解だった思います、関係ないですけど。ってゆうか上の写真、なぜか微妙にペアルックってのがイイでしょう。

この写真を撮り終えた後、野村は「じゃぁ、今度はコレを貸しとこう」と言ってCDを差し出しました。それが下の写真。このCDが今後の私の人生を新たに方向づける重要な1枚になっちゃったりなんかしたりして。



2007/04/20



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