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Friday Column

No.466

『網走・名所の中に新名所!?』

突然ですが、網走に行って来ました。

1978年、高校1年生の夏休みに友達とふたりでの北海道旅行、洞爺湖・稚内・網走・札幌を鉄道でまわった時以来ですから、えぇぇ〜っと、36年ぶりの網走です。

当時の写真はないものかと古いアルバムを見てみたら、ありました。網走刑務所と能取岬の2枚が残ってました。というわけで、当時と同じ写真を撮るべきだ、ということで、キムデレ(木村ディレクター)さんとレンタカーすっとばして同じ場所に行ってみることにしました。

まずは能取岬。その名称を「のとり」岬だと思い込んで訪れた1978年、ガイドさんに「のとる」だと言われて、軽いショックを受けた私は、以降これまでずっと「のとる」岬と認識していたんですが、今回同行のキムデレさんは、「のとろ」でしょう、と言い張ります。道路標識を見ると確かに「Notoro Cape」と書かれてありますから、「のとろ」なんでしょう、少なくとも今は。しかし、レンタカーに装備されているカーナビに目的地名を入力しようとすると、「のとろ」でも「のとる」でも表示されず、「のとりみさき」のみ目的地候補として表示されました。・・・ってことは、なんなんですかね、結局のところ。

今この原稿を書いているコンピューターでは、「のとる」と入力すると「の撮る」と変換され、「のとり」では「野鳥」、「のとろ」と打った時のみ「能取」と変換されます。私の中では今でも「のとる」なんですが、あれから36年経って私ももう大人なので、ここは「のとろ」岬ということにして、行きました。

当時と同じBlack&Whiteの灯台があり、建物は微妙に変わっていましたが、間違いなくこの場所でしょう。というわけで撮影。当時の写真と比べてみましょう。

どうですかね。別にどうってこたぁないですか。まぁ、来た、ってことで私はOKです。名称については正直まだ納得してませんが。

で、次は網走刑務所です。なんですが、調べてみると、1985年に網走刑務所から建物を移築・復元した【博物館・網走監獄】というのがあるとのことですから、私が訪れた1978年にはまだ博物館はなかった、ということは、私が行ったのは実際の刑務所だったはずで、受刑者ではない私が現在その刑務所に行けるのかどうかはわかりませんが、とりあえず【博物館・網走監獄】のほうに行くのがいろんな意味で妥当だろう、ということでやって来ました。

こちらも当時と同じ感じで撮ってみました。

移設・復元ということで、よく見るとディテールのニュアンスに多少違いがあるのは仕方ないですね。門番の警備員さんの像もありましたよ。しかし、この門番さん、どこかであったことがあるような気がしたので、近づいてよぉ〜く見てみると、あ・・・

堅さん・・・?

う〜ん、右手が上がってたら完璧なんですけどね。名所の中に新名所を見つけてしまった感じです。

それともうひとつ心に残ったのは、これ。

面会に訪れた妻子

ん〜ん、胸が締めつけられますね。

ところで、なぜ私が網走に行ったかということを書き忘れてました。それは、スターダスト☆レビューの皆さんの、北海道スペシャル・アカペラ&アコースティックツアーの網走公演を観せていただくためでした。大樹町・網走・小平町・伊達・北斗という、ふつうに考えればライブではいかない街ばかりの5公演。これは貴重ですし、たいへんにおもしろかったです。

というわけで、翌日は女満別空港で、「北見たまねぎラーメン」と「ひとくちカニいくら丼」を合わせ食いしてみました。おしまい。

2014/07/04


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