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Friday Column

No.208

『トルクメニスタン旅行記 2 マルグシュ/メルヴ』

先週からお送りしていますトルクメニスタン旅行記その2。お時間が充分にある方は是非先週のNo.207からお読みください。今週はトルクメニスタン第2の都市・マーリを拠点に2つの遺跡を見学します。

4月12日(日)くもり
◆国内線でマーリへ
当初の予定では朝07:20のフライトでしたが、ガイドのイゴルくんが前日に確認したところ06:20発に変更になったとのこと。この変更はトルクメニスタンではよくあることで、必ず前日に確認するそうです。空港は街から近く、車で15分なので、朝5時にホテルをチェックアウトして出発。2日前に到着したのと同じ空港とは思えないほど搭乗口までスルスルと進みました。待つこともなくトルクメニスタン航空T5-127便に乗り込み、さっさと満席になりホイホイと離陸しました。機材はこれまた日本には飛んでないBOEING 717。写真で見たことはありましたが本物に乗るのは初めてです。機体のボディは国際線と同じ白ですが、尾翼は緑ではなく紺色で、座席は757と同じく中央通路の左右に3席ずつの配列。アシュカバードの東360kmにあるマーリまではわずか40分のフライト。途中、袋に入ったケーキとウェハースが配られました。あっという間にマーリ空港に着いて荷物をとり、最近建て替えられたという極めてシンプルなターミナルビルの外で迎えの車を待ちます。と、ここで気づいたんですが、この国内線アシュカバード→マーリの運賃、“15USD”とチケットに書かれてありました。15USD?・・・1500円ってことかぁ、安すぎです。イゴルくんに聞くのを忘れましたが、もしかするとトルクメン国民はもっと安いってことも充分考えられます。旅行費用はホテル・ガイド・車・観光地見学と、食事代以外のすべてを事前に払い込んでのバウチャー形式なので、国内線がいくらかなんて気に留めてませんでしたが、15USDは考えられない安さです。私たちの感覚での民間の航空会社であれば、この運賃では運営できるわけがありません。トルクメニスタンは基本的にすべて国による運営なので、航空会社の採算がうんぬんということではなく、国としての考え方で国内線はこのくらいの料金に設定しましょう、と決まればそれがその値段、という社会主義ならではのことなんでしょう。いやぁビックリしました。しばらくビックリしていると迎えの車がやってきました。


トルクメニスタン航空 国内線の航空券

◆マルグシュ遺跡
世界最古とも言われるマルグシュ遺跡へはそれ専用の車に専門の運転手さん、そして専門のガイドさんが同行します。というのは、マーリの街から北へ2時間半、途中から砂漠の中を走ることになるので4輪駆動車でなければなりませんし、砂漠の中の道なき道を把握している運転手さんでなければなりませんし、マルグシュ遺跡についての専門的な質問に対応するために考古学者のガイドさんが同行する、ということだそうです。TOYOTAの4WDワンボックス車にイゴルくんを含めて4人で乗り込みました。街を出て30分もしないうちに舗装道路はなくなり、ガタゴト道を揺られながら走ります。途中、典型的なソ連式というすげぇシンプルなガソリンスタンドで給油。その後は見たことのない砂漠特有の植物が茂る道なき道を走り、車の揺れもガタゴトどころではないレベルになってきます。イゴルくんが「だいじょぶですか、気分は悪くありませんか?」というので、「だいじょうぶ、電動マッサージチェアーだと思えば気持ちいいですよ、逆に」というニュアンスで答えると、「あなたはなんでもポジティブに考える人ですね」とウケてくれました。普段はさほどポジティブでもない私ですが、旅行なのでいろんなことが楽しく思えるのです。で2時間半、揺れに揺られてマルグシュ遺跡に着きました。


典型的なソ連式のガソリンスタンド

マルグシュ遺跡は、トルクメン語で【Gonur Dette/ゴヌール・デッテ】と呼ばれ、“褐色の丘”という意味だそうです。イゴルくんが“ゾーラアストリアン”と言っていた当時の宗教は、水や火を信仰の対象としていたそうです。っつてってねぇ、もともと歴史というものにチョー疎い私で、しかもマルグシュ遺跡なんてのは昨日の晩初めて聞いた名前で、その基礎知識もさっき車の中で揺られながら説明を受けたばっかという状態ですから、いろいろ見て回ってもあまりピンと来ないというのが正直なところですが、まぁせっかくの機会なのでなるべく目に頭に焼き付けるようにしますが、頭にはよく残ってません。そんななか少し興味が湧いたのは調理場であったと思われる場所。黒い炭が残ってました。これが紀元前16〜12世紀のもの、つまり3千何百年前っつうんですから、遠すぎてなかなか想像できません。

どちらかというと見学に来ているトルクメン人のほうに興味がわきます。小学校の社会科見学と思われる数十人のチビッコたち、休日の行楽と思われる家族、どういう集まりかわかりませんが10名の婦人団体。それにしても寒い。旅行前に調べていたトルクメニスタンの4月最低最高気温は10°〜26°だったのに、昨日のアシュカバードも最高気温が10°、今日のここマルグシュ遺跡は風も強くもっともっと寒い体感気温です。コートもマフラーもしたまま、経由地モスクワ用に用意していた使い捨てカイロを早くもここで使うことになります。そんな感じで小1時間見学し、管理人さんの建物に行って写真撮影料を払います。そこでお茶を飲んでいた家族のお父さんが外国人の私に興味を示し、こっちに来てお茶を飲みませんかと誘ってくれました。お茶をいただき、揚げたパンもすすめられ、今日は朝から何も食べてないので腹は減ってましたがやんわりと遠慮しました。一緒に写真を撮り、2人のお嬢さんは「この人ナニモノ?」という表情でしたが、別れ際に「サグボルン(ありがとう/さよならの両方に使える語)」と言うとちょっと笑ってくれました。


 


 


上段左の写真がマルグシュ遺跡/上段右は唯一興味が湧いた調理場の跡。/下段左はトルクメン人の女性団体。既婚女性はみな頭をスカーフで覆っています。/下段右はお茶をごちそうになった家族。

再び車に乗って、来た道を2時間半、マーリの街へ向かいます。途中【カラクム運河】を数回わたりました。ソ連時代、アムダリア河から水を引いて作られた【カラクム運河】。これにより広大なカラクム砂漠は農地になり大量の綿花を収穫しました。しかし、手掘りの運河は周囲の土地に煙害を引き起こし、またアラル海の干ばつ化という問題も引き起こします。・・だそうです。その後、スピード測定のレーザーガンを持った警官に車を止められ、10kmオーバーってことだったんですが、たまたまその警官が運転手さんのお兄さんの知り合いだったってことでオッケーになりました。


 


左の写真の中央がガイドのイゴルくん。左は考古学者のガイドさんですが、名前を忘れてしまいました。/全長1.400kmのカラクム運河

◆マーリでシャシリク
マーリの街に着いたらまず【Hotel Margus/ホテル・マルグシュ】にチェックイン。部屋に荷物を置いてすぐに昼食にでかけます。前夜イゴルくんが「マーリにシャシリクのすごくおいしい店がありますから」と言ってたので楽しみにしてました。それもあってさっきの揚げパンはあえて遠慮したのです。レストラン【SAHRA/サフラ】の前にはシャシリクを焼くお兄さんが待ち構えていました。肉を鉄串に刺して薪で焼くシャシリクは中央アジア全体のポピュラーな食べもの。牛・羊・豚、時には魚も焼くそうです。シャシリクのおいしい店はこのように必ず外に串焼き場があるそうです。イスラム教の国は豚は食べないという基本があると思っていましたが、トルクメニスタンはイスラム原理主義国家というわけではなく、敬虔なイスラム信者は食べませんが、イスラム教以外の人は普通に豚を食べるってことです。というわけで豚好きの私は豚のシャシリクとトルクメニスタンの国産ビール『ZIP』を注文。なんらかの調味料でマリネした豚の角切りはガツンと香ばしく焼き上がり、トマトベースに香味野菜のみじん切りが入ったタレをつけて食べます。うぅん、腹を空かせていた甲斐がありました、ブリブリにうまかったです。


 


 


上段左の写真は、マーリに7軒のレストランを経営する【SAHRA】のオーナーと談笑するイゴルくん。/上段右はレストランの前を通りかかったマーリの女の子。/下段左は店頭でシャシリクを焼くお兄さん。/下段右は豚のシャシリクと国産ビール『ZIP』。

◆銀行と歴史民族博物館
現金がなくなってきたので両替しに銀行に行きました。銀行のドアを開け、警備の警察官となぜか握手をして中に入り、壁にポコッと四角い穴があいた感じの小さい窓口から100USDを出しました。窓口の中の男性銀行員は、新5マナトの紙幣の束をダァーッと数えて、輪ゴムでグルッととめた284マナトを差し出しました。かなり分厚い束になったので、少し大きめの紙幣を要求しましたが、ないってことでした。ズボンのポケットに突っ込むには分厚すぎたのでまとめてカバンに押し込みました。「many many」と苦笑いしていると、イゴルくんは「それはまだいいほうですよ。旧紙幣の時はそのもっともっとmanyですから、みんな財布ではなく、カバンにお金を入れて持って歩いてました。ホントですよ」と笑います。そんな流れで歴史民族博物館を見学。午前中に見たマルグシュ遺跡や明日見る予定のメルヴ遺跡からの出土品や古くからの民族衣裳などが展示してあります。ここもアシュカバードの国立歴史博物館同様、専門の案内人がいて、イゴルくんは入口で待つシステム。写真撮影は有料で、聞くと結構高かったのでいいやってことにしました。アシュカバードの国立博物館の案内人は20代前半と思われるポッチャリ型のトルクメンギャルでしたが、今回は妙に彫りが深く鼻のとんがった魔女風熟女案内人。合間合間に「フゥ〜」と妖艶なため息をつきながら説明します。見学客は私以外にいないようで、展示部屋に入るたびに電気をつけ、その部屋が終わると電気を消す行為が、不思議な緊張感に満ちてよかったです。誰かに似てるなぁと思いながら説明を受け、後半で「MADONNAだ!」ということに気づきました。


SENEGAT BANK
 

マーリの歴史民族博物館

その後、青物市場をさらっとひとまわり。とくにひかれるものはありませんでしたが、微妙に平井堅な歌手のポスターにはえも言われぬ趣がありました。


トルクメニスタンの平井堅

今日は朝も早かったので夕食までホテルで休憩することにしました。2005年にオープンした【Hotel Margus/ホテル・マルグシュ】は簡素ですが清潔なホテル、窓から大きなモスクが見えました。国内には初代大統領の名前がついた建物は多くありますが、2代目大統領、グルバングリ・ベディムハメドフさんの名がついたものは、現段階ではこのモスクのみだそうです。


ホテル・マルグシュ
 

部屋からの景色

◆ミス・トルクメニスタン
夕食はレストラン【Elitny Club】。やたらと照明が暗く中央にダンスフロアがあり、遅い時間になると自然にナイトクラブになるそうです。ここにも店の外に串焼き場があったので、今度は“ケバブ”を食べました。まぁ、でっかい“つくね”のようなもんです。水タバコもあるってことで、そりゃおもしろいとやってみました。01年にトルコ・イスタンブールでも水タバコを経験しましたが、なんというんでしょうか、香りを楽しむもんなんでしょうね。これといって特別な感動はありませんでしたが、イスラム的雰囲気は盛り上がります。それよりなにより従業員の女の子がかわいくてね。そのコが配膳して去って行くたびイゴルくんに「あのコはかわいいねぇ」と連発していたら、「彼女は知り合いですよ、とてもいいコです、一緒に写真を撮りますか?」というので、「いやぁ、いいよぉ、いいって」と言いながら一緒に写真を撮ってもらうことにしました。名前はイラナちゃん、私の中でのミス・トルクメンに決定です。あまりのデレデレおやじぶりに自分でも感心します。とてもいい気分でホテルにもどり、ロビーのバーで1杯飲んで寝ました。


8年ぶり2度目の水タバコ
 

イラナちゃんとデレデレおやじ

4月13日(月)晴れ
◆マーリの朝
ホテルの朝食はバイキングではなく、席に着くといろんなもんがどんどん運ばれてきました。どうやらロシア式の朝食のようです。ロシア式クレープ“ブリニ”に2種類のジャムとバターと、フェタっぽいチーズ。米を牛乳と砂糖で煮たもの、これダメなんですよねぇ。日本人にはちょっと無理でしょう。そして卵に牛乳と砂糖を混ぜて焼いたオムレツ、これはまだだいじょぶです。

今日はやっと晴れました。出発まで少し時間があったので、ホテルの前を散歩していたら、これから学校に行くと思われる親子が通りかかり、小さいお嬢さんは外国人の私に淡い興味の視線を注いでいたので、「サラマリコム/こんにちは」とトルクメン語で声をかけ「モージナ・ファタグラフィーラバツ/写真を撮っていいですか?」とロシア語で言ってみると、快くうけてくれました。女学生はみな緑のワンピースに髪は必ず三つ編みで丸いお帽子をかぶっています。若いお母さんの、胸元に柄の刺繍が入ったワンピースもトルクメン女性の典型的なスタイルのようです。清楚な雰囲気がいいですね。いや、でも既婚女性は必ず頭をスカーフで覆っているはずですから、この女性はお母さんではなくお姉さんってことでしょうか。


ロシア式の朝食
 

清楚な雰囲気のトルクメン女性

◆メルヴ遺跡へ
09:00、ホテルをチェックアウトして、マーリの東30kmにある “メルヴ遺跡”へ向かいます。やっと晴れました、この旅行で初めての晴天です。まずは街外れの食料品店に立ち寄り、私はミネラルウォーターを、イゴルくんはプレッツェルやらビスケットなどのお菓子を買いました。30分ほどでメルブ遺跡に到着。異なる5つの時代の遺跡が隣接するトルクメニスタン最大規模の遺跡群。しかし、実際に発掘調査が行われているのは全体のわずか8%。国が発掘調査にお金を出さず、外国からの融資もないようです。たいへんに広いので車で移動しながら見学します。まずは紀元前6〜4世紀の城壁が残る“エルク・カラ”へ。ここからメルヴ遺跡全体が見渡せます。その南方にある紀元前4世紀から紀元7世紀までの“ギャウル・カラ”には、キリスト教や仏教などさまざまな宗教が栄えた痕跡があり、その南東角では、土でできた仏教寺院と巨大な大仏が、ロシア人女性の研究家により発掘されました。大仏の頭部は歴史的価値が非常に高いということでサンクト・ペテルブルグのエルミタージュ美術館に所蔵され、それ以外は寺院もふくめてすべて再び埋められました。せっかく発掘したものをなぜ再び埋めるのかと質問すると、遺跡の保存のために資金がなく、土で覆いかぶせるのが最も低コストで確実な保存法だということです。ふぅ〜ん。大仏が発見された“ギャウル・カラ”の南東角の城壁のすぐ外には、携帯電話用中継アンテナの高い鉄塔があり、イゴルくんは「そしてあの鉄塔が紀元前6世紀の・・」とわかりやすいジョークを言ったりもしてました。


街外れの食料品店
 

“エルク・カラ”からメルヴ全体を見渡す

その後、12世紀に作られたという【Vly Buzhane/ヴリ・ブズハネ】を見学。2重構造のドーム状の壁はすぐれた断熱効果があり、冬に積もった雪を貯め、なんらかの方法で氷を作って貯蔵していた“アイスハウス”だそうです。中に入るとひんやり寒いのが印象的でした。夏はサソリや蛇がいるので危ないらしいです。続いて【Kiz Kala/キズ・カラ】というふたつの城跡。“乙女の城”と言う興味湧き湧きの名のこの遺跡はとても美しい形状で、ほとんどの観光客はこの“キズ・カラ”をバックに並んで記念写真を撮るそうです。


12世紀のアイスハウス
 

乙女の城“キズ・カラ”の大きいほう

最後はメルヴ遺跡の中心にある“スルタン・カラ”。12世紀にモンゴルのチンギス・ハンが攻めて来るまでトルコ系民族によるセルジュク朝の首都として栄えたってことです。その中心にセルジュク朝最盛期の王・スルタン・サンジャールが眠る【Soltan Sanjarui Kummeti/スルタン・サンジャール廟】がありました。中に入るとイスラム信者と思われる家族がお祈りしてました。天井のドームに鳥が出入りする穴を作ったスルタン・サンジャールの恋にまつわる伝説なんかを聞きながら、しばらくぼーっと座りました。


スルタン・サンジャール廟
 

なぜか格好つけている観光客とガイド

という感じで約2時間半のメルヴ遺跡見学終了。天気が良くてよかったです。しかし、遺跡っつったって別におもしろかないんですよ。もともと興味も知識もなく、入国ビザを取得するために行動予定を決めなければならないので、遺跡や博物館を見学することになっただけですから。しかし、外国人に京都や奈良のことを聞かれたとしても、なにひとつまともに答えることなどできないであろう歴史パッパラパーの私が、こうして遺跡をふたつ、博物館をふたつも見学するうちに、気がつきゃトルクメニスタンの歴史を大まかに把握しちゃってるなんてのもなんか変な感じでおもしろいです。

というわけで今週はここまで。来週は、マーリから途中寄り道をしながら車で5時間かけて首都・アシュカバードへ。そして、アシュカバードでの単独行動など、最後の数日の旅行記です。よろしくおつきあいください。

最後に、清志郎さん。はぁ・・・、残念です。御冥福をお祈りします。

2009/05/08



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